アメリカ
(SHIZUOKA 春の芸術祭参加作品)

【概要】
祖国を追われてアメリカを渡った主人公の少年・カールが、不可解な理由で追放され続ける。居場所を求め、アメリカという巨大迷宮を彷徨い続けるというフランツ・カフカ特有の「所在なき主人公」が色濃く出た作品『アメリカ』を、静岡の野外劇場で上演。

【作】フランツ・カフカ
【演出】平松れい子
【初演上演】2006年5月 
【場所】静岡県舞台芸術公園 野外劇場にて
【SHIZUOKA 春の芸術祭参加作品】
1999年に静岡で開かれた〈第二回シアター・オリンピックス〉を引き継いで行われている世界の芸術祭で、これまでロバートウィルソン、ヴァレリーフォーキン、鈴木忠志といった世界水準の作品を上演。本作品が参加した第7回は〈アメリカ〉がテーマ。
【横浜公演】横浜美術館・レクチャーホール(2006年6月)

【キャスト】
楠原竜也
広田豹
わかばやしめぐみ
東俊樹
磯崎衣梨
横山央

【スタッフ】
照明 大迫浩二
音響 杉澤守男
美術 あべ木陽次
衣裳 O. Kotas Eba
宣伝美術・舞台監督 青木祐輔
記録写真 KEI OKANO
記録映像 佐々木誠
助成 財団法人UFJ信託文化財団(横浜美術館公演)

【演出ノート(当日配布パンフレットより)】

東京大学とハーバード大学を卒業した経歴を持つある人が、こんなことを言っていた。「僕が努力をすれば年収300万円、東大とハーバード大卒ですと言って努力をしなければ年収900万円だ」 

つまり日本社会では、高学歴であれば個人の努力目標をもたないほうが年収が高いというわけだ。

学歴を自慢できるわけでもない身で演劇活動をやっている私でさえ、個人と社会の努力目標の差異には常に接し、その矛盾に諦めの感を抱いている。

社会の目標とは何であろう。ある時ある場所では、何者かの意思によって定められてきたことがあるが実際はその歯車を回しているのは大空を漂う雲のようなもの。

昼間は労働者保険局に勤め、深夜から明け方にかけては執筆活動をしていたユダヤ人作家・カフカにとっても、こういった社会における個人の所在なさというテーマは、どの作品にも色濃く出ている。

『アメリカ』の主人公カール・ロスマンも、すべての移民に開かれた約束の地であったアメリカで彷徨い続け、巨大な歯車に抗うことは出来ない。

彼がニューヨークの叔父の家に住むようになってから、ピアノをおねだりし、故郷の曲を弾くというシーンが印象的だ。

彼は自分がピアノを弾くことによって、彼のアメリカでの環境に影響をおよぼせないかと思い、ニューヨークの喧噪をきわめた戸外へ向かって、故郷の町に伝わる古い兵隊の歌を弾いた。それは実に奇妙に響いたが、喧噪をきわめた街路へ眼をうつすとなんの変化も見られなかった。その街路とて、巨大な回転のひとかけらにすぎないのだが、巨大な回転の全貌を操作する力の作用を知らなければ、その回転を妨げることなどできないのだ。

カフカ曰く社会の目標とはこの巨大な回転の全貌を操作する力のことであるらしい。

回転に抗うためには、その作用を「知る」ことだと言っている。
全体を操作する大空を漂う雲のような力に抗う術とは、知る努力だというわけだ。

主人公カールが深夜ドラマルシュの家のバルコニーで出会う学生のように、勉学に励むこと、あるいは、カフカのように作品を創作することで、その力に抗うことができる。

東大とハーバード大卒の人が、努力をして年収900万円を得られる社会も夢ではないらしい。演劇活動をする私も全貌を操作する力を知った上で創作活動に励み、年収900万円を得たいものである。